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鷹森版「差別脱却法案」 [┌人権擁護法案]

鷹森版「差別脱却法案」

過去鷹森版人権擁護法案を書いたですが、その後絶対廃案を主張している私としては、改めて人権擁護法案が主眼とする、「差別禁止と差別への罰則」という法案ではなく差別を積極的に利用しようというアンチテーゼを書いてみたくなったのでちょこっと書いてみます。
ま、法律案としてはメチャメチャなんですが、「差別を無くするのは罰則しかない」とどうやら思いこんでおられる方々へ、違うやり方もあるんじゃない?というショック治療(?)のつもりです。
まぁ、メチャクチャな極論に対して、こちらも極論をぶつけみるのも面白いかなと言うのが主題なので本法案は、たたき台程度に思って貰えればいいです。
(真剣にこういう法案を成立させよと言っている訳ではありませんので、念のため)

鷹森版「差別脱却法案」


1.被害者になる事の禁止

差別的言動および差別言動において、被害者になってはいけない。
傷ついてはならない。タフにならなければならない。
被害者がタフになり、傷つかなくなれば、差別的言動に対する加害者も犯罪的行為ではなくなる。
被害者になる事を禁止する。

2.弁解の義務
差別を受け、差別的発言を被った人間は、その差別的発言が誤解の基づく内容であれば
弁解しなければならない。

(補足)ただし、糾弾会・集会などの手段ではなく、書面もしくは
電子メールによるものでなければならず、相手に迷惑をかけてはならない。
ただし、身近の人間であり、日常的に会い会話している相手であれば、直接会って
対話する事を拒まない。

3.受け入れの義務
差別を受け、差別的発言を被った人間は、その差別的発言が事実を指摘している場合はその事実を受け止め、受け入れなければならない。その際、心および精神に傷を負ってはならない。

4.被害妄想の禁止
通常の会話および言動を差別的発言と捉える事を禁止する。


5.代理弁解人の設置

法案施行から5年後に代理弁解人の設置する。
代理弁解人は国家資格保有を原則とする免許制の特別専門職とする。
職務遂行に必要な技能および専門知識を習得する。

(1.差別を受けた人の心・傷を癒すためのカウンセラー的専門知識・技能の修得
(2.加害者との交渉のために、民間で成立しているネゴシェーター(犯罪交渉人)的知識・技能の修得
(3.調整のために、必要な法律知識
(4.心理学への一定の知識および論文制作能力
(5.その他必要と認められる専門知識・技能

(法定代理弁解人はカウンセラーであり、ネゴシェーターであり、弁護士であり、研究者でもある
 そういう位置付け)

法案施行から、5年間は関連する研究機関・学者等による論文募集および公開準備への研究参加呼掛け期間としてテスト・モデルケースを実施し必要な試験内容・知識技能・その他内容の選定と作成に努める。
5年後に、準備不十分の場合は延長する。5年以前に準備が整った場合は必要な法律制定を行い本法案、本条文を修正する。

法定代理弁解人は加害者(差別的発言者)を自殺させた場合は、免許を停止もしくは剥奪する。
また、過去にそのような行為があった者は代理弁解人にはなれない。
2年もしくは3年毎に適正を確認する試験等を実施しなければならない。

代理弁解人は、行政書士や弁護士のように、事務所を構え相談者からの報酬で行うものとする。
ただし、社会に定着させるため数ヶ月の猶予を定めて、政府もしくは地方公共団体が全額支援する事も政府もしくは地方公共団体の裁量で行うことができる。ただし、利権ビジネス化を阻止するためにその全額支援は上限期間を数ヶ月とし、永続的あるいは数年等長期間する事はできない。
社会全体の差別に対する状況を数値付きで具体的に調査し公表しなければならない。
同職の設置が必要でなくなった際、もしくは、今後必要数が少なくなる事が予想される際は、政府の裁量で新規免許の発行を止める事ができる。
また、どう法案が効果を発し、必要がなくなった際は、既に生活をしている代理弁解人の生活保護および転職支援をする事を条件に本法案そのものを廃止する事もできる。なお、法案廃止後に民間相談業として存続するのを禁止しない。

6.法案の見直し規定
法案は3年もしくは5年毎に見直し、必要なら修正および廃止しなければならない。

7.趣旨逸脱の禁止
本法案の趣旨を逸脱し、政治的利用、拉致およびなんらかの破壊工作活動に利用する事を禁止する。

----------------
以上、人権擁護法案の発想を180度逆にした内容で作ってみました。
早い話が、差別を禁止し処罰するのではなく、被害者を慰撫鼓舞し、強くなってもらおうという趣旨です。
戦前アメリカや南米に移住した日本人は、差別され酷い境遇にもかかわらず
苦労に苦労・忍耐の上に忍耐を重ね、その努力によって周りに認められ、差別も徐々に少なくなっていったという話を聞いたことがあります。禁止ではなく、逆に差別をバネにもっと強くなっていただこう、まぁ差別を利用するというと語弊がありますが、逆転の発想です。法案推進派は差別は悪いことだ、という考えのようですが、厳密に言いはじめたら、学歴差別もあるのですから、人間の成果を評価できなくなってしまう。逆に見れば、差別があるからこそ「なにくそ」という気持ちも沸いてきます。「赤点を取る子供がいるのは可哀想だ」「運動会の競争で順位を付けるのは可哀想だ」なる意見が教育の現場であって、悪平等だと批判を受けていたように記憶していますが、本件とは直接関係なくても、根底において思想的には「平等思想」の延長線上であると私は考えてます。私自身も競争社会の中で勝ったり負けたりがあり、負けた時のくやしさというのはどれほどのものか身に染みていますが、同時にそういう痛みがあるからこそ、達成した時の喜びというのは大きい訳です。これは、差別の悪い点ばかり目がいっている法案および推進派に対する大きなアンチテーゼであって、例えば部落解放同盟についても方向性やその行為には疑問だけれども、その才能と努力については高く評価(敵ながらあっぱれというと語弊あるかもしれませんが)しています。なぜ、彼らがそれほどまでに強くなったのか、それは彼らが逆境の中で生きていたからというのも一因があると思います。例えば歌舞伎役者も人間でないと社会から宣告され、江戸時代の身分制度の中で最低の部類に位置づけられる厳しい環境にあったからこそ、必死に生きるために芸を磨き、伝統文化として大成する事ができたとも考えられます。また、明治維新も土佐藩の郷士という抑圧され差別されていた階層から革命の志士が現れている訳であります。もちろん、差別を受けるという事がどれほどの苦痛であるかは想像するに難くない。しかし、それをバネにして何かを成せるのではないか、そういう方向に持っていった方が余程建設的ではないか、とも思うわけです。次世代の権威は、社会の底辺から、時として馬鹿にされている階層(差別を受けている階層)から生まれる、が私の持論であります。
そういう意思の元この法案を書いてみました、法律案としては、上にも過去にも書いているとおり私は専門家ではありませんので細部は変なのはご容赦願いたいのですが、議論のたたき台にでもしてもられればありがたい。

    
これからも油断せず人権擁護法案反対の必要性を感じたので投票する (クリックで自動投票)
  

人権擁護法案反対同盟が結成されています。


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コメント 2

cxvxc

「王様、裸じゃん!」ってか。スバラシ!言いにくいことをよくぞここまで...!
by cxvxc (2005-06-09 00:50) 

takamori

cxvxcさんコメントありがとうございます(^^)
TB先も拝見させて頂きました、紹介して頂きありがとうございます(^^)
続編をあーでもない、こーでもないと考えている内にレスが遅くなってしまい申し訳ない。これからもよろしくお願いしますね
by takamori (2005-06-12 14:19) 

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